日本人のルーツが核dnaから解明された。縄文人はシミに悩んでいた?

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縄文人と弥生人

縄文人

一般的に日本人のルーツは縄文人と弥生人によって出来上がったとされています。

縄文人とは今から約1億6000年から約3000年前までの約1億3000年という気の遠くなる長い

年月を生き抜いて、北海道から沖縄まで日本全土に定住して縄文文化を各地に残し、狩猟や採

集を中心とした縄文時代を築きあげて来た。

いずれにしても旧石器時代後の新石器時代に縄文文化を築きながら生き抜いてきた私たち日本

人のルーツとして重要な時代であった事は間違いないようだ。

弥生人

一方、弥生人と呼ばれる人々は、弥生時代つまり今から約3000年以降に大陸から日本列島に

渡来し在来の縄文人と交わりながら弥生時代を築きあげて来た人々を差します。

つまり弥生人には、縄文人が弥生文化という新たな文化を受け入れた人々(縄文系弥生人)と

純粋に大陸から渡来してきて新文化を形成した弥生人(大陸系または渡来系弥生人)、そして

その両者が交わり混血となって生まれて来た人々とその子孫(混血系弥生人)とに分けられる

というのです。

要するに、現在の日本人はおおよそ縄文人と弥生人の混血で出来上がったものと思われ、彫り

の深い顔立ちの縄文系や”テルマエロマエ”でそう呼ばれていたように”平たい顔族”の弥生系、

またはストレートな髪の人、くせ毛の人など中国人や韓国人と比べても多少違う顔立ちの人

が目立つようです。

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あなたは縄文系?それとも弥生系?

ちなみに私は中国人っぽいとよく言われます。

たぶん”平たい顔族”の代表みたいだからでしょうか?笑

上記表をご覧になるとおおよそどちら系の血が濃いのかわかるようです。

但し、混血には違いがありませんからどちらの特徴もほとんどの人が持っているものと推測

されますが。

私を例に挙げるとすると、背が低かったりやせ形、髪の毛はくせ毛、ウィンクはでき、耳垢

は湿っています。

そして、血液型はO型であることから縄文系の様ですが、残念ながら顔は前述の通りで平た

く鼻も高くありませんね。

全体の2割程度は縄文系の様ですが他は弥生系の血を引いたようです。

ざっくりですが、興味のある方はそれぞれに照らし合わせてみたら面白いかもしれませんね。

核DNAとミトコンドリアDNAの違い

さて、昨日NHK、BS放送(再放送)「サイエンスZERO」で日本人のルーツを探る上で

とても興味深い話をしていました。

なんと、核DNAを解析する事で縄文人の謎を解き明かすことが出来たというのです。

これは正にビッグニュースなのだといいます。

番組にそってその謎に迫ってみたいと思います。

これまでも、縄文人のDNAは解析されてきたのですが、それはDNAのほんの一部でしか無

かったようです。

dna

一般的にDNAと言うと、核の中にあるDNAを指しますが今まで分析されてきたのは、ミト

コンドリアという機関の中にあるDNAでした。

ミトコンドリアDNAは一つの細胞の中に数百から数千もあるといわれており、沢山あるから

こそ残りやすく分析もしやすいと言われているのです。

しかし、ここに大きな問題がありミトコンドリアDNAの塩基の数は約1万6000個とサイズが

非常に小さかったことです。

それに対し、核DNAの塩基は約30億個と非常に多くの情報量を有しておりそのDNAの解析

が出来れば、その謎に迫ることが出来るのですが核は細胞の中にたった一つしかなく残りにく

くて解析も非常難しかったようです。

ところが、2014年国立遺伝学研究所のチームリーダーである斎藤成也教授を中心として貴重な

縄文人の骨を利用する事で今までのミトコンドリアDNAだけでなく核DNAの分析に成功す

る事が出来たというのです。

核DNAの採取に成功

生命の設計図、DNAはあらゆる核の中に存在していますが、DNAを構成するのは延々と並

ぶ4種類の物質で、塩基と呼ばれています。

塩基はA,T,G,Cであらわされ、生きている人からは唾液などから容易に採取することが

出来るのですが、古代人の場合には残された骨からDNAを採取するしかありませんでした。

ところがその骨の多くは、分解がすすんでいてDNAがほとんど残っていない為に分析できる

可能性はほぼ不可能だと考えられて来たのです。

そこで、斎藤教授は縄文人の核DNAの解析をするために、ある作戦を立てたのです。

それは、全国各地に残っている縄文遺跡の内で骨が多く残っている遺跡の内で、DNAが分解

されずに残っているだろう寒冷地の遺跡に狙いを定めたわけです。

そこで選ばれたのが、福島県の三貫地貝塚に目を付けました。

1950年代に発掘された、三貫地貝塚は今からおよそ3000年前の遺跡であり人骨の出土数は

国内最大規模を誇り、これまでに100体以上も見つかっているのです。

研究チームの一人で人骨の管理をしてきた東京大学総合研究博物館の諏訪 元教授は、どうす

れば人骨から効率よく核DNAを採取する事が出来るかと斎藤教授と話し合いを進めたきた結

果として、歯の内部からDNAを採取することを思いつきました。

歯の内部は、顎の骨により覆われているために外気にあたる事が無く核DNAの残っている割

合が極めて高かった事から、歯の歯根部(根本)を切断して中を採取することを相談のうえ提

供をしたのです。

dna1引用:NHK”サイエンスZERO”
以下の画像も同様に引用いたしました。

そこで、艶があり保存状態の良い奥歯に狙いを定めて男女2体の核DNAを採取することに成

功したのでした。

ところが、その後の作業も困難の連続でした。

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作業を担当したのは、国立博物館の神澤秀明研究員でしたが、日本では古代人のゲノム分析を

やった前例がなかったことから、歯の内側を削り取ってその中から核DNAの採取を試みたの

です。

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しかし、調べてみると本来数百万から数千万繋がっている塩基が百以下までバラバラになって

いたのです。

その上、抽出した97パーセントまでがバクテリアなどの別なものだったのですが、それでも残

り3パーセントの中から縄文人の核DNAを読み解くことに成功したのです。

解明された核DNAの凄さとは

これまでミトコンドリアDNAから古代人を研究してきた専門家の国立科学博物館人類研究

部長の篠田謙一さんは、核DNAから塩基を読み解く方法がこれまでのミトコンドリアDNA

から読み解く方法とはまるで変わったことなど革新的な進歩であることを話されていました。

「技術革新により、大量のDNAを読み解くことが出来るようになったことが大きく、縄文

人の解析にも大いに役立つことができました。」

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これは、核DNAから読み解いた塩基の極一なのですが、実際には一億以上もあるのだそう

だが、縄文人の塩基は30~50個くらいにブツブツと切れておりどうしてもこのように隙間が

出来てしまう様なのです。

さらにこの核DNAの塩基配列には、量だけではなくミトコンドリアDNAと比較して親から

子にどの様に受け継がれていくのかに注目すべき点があったのです。

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まずは、ミトコンドリアDNAの特徴ですが、母親から娘にしかDNA伝わって来ず、父親

のDNAデータは伝わって来ないと言うのです。

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ところが、核DNAからは、両親のDNAデータが取り出せるとともに、過去の沢山の祖先の

DNAに至るまでそっくりとその情報を読み取ることが出来るのだと言うのです。

つまり核DNAを調べることで私たちの体の中に入っている様々なご先祖様のDNAまでも知

る事が出来るという正に言う事なしの情報というわけなんです。

私たちのルーツは?

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さて、先の項でもお話ししましたが、これまで日本人のルーツは約3000年以降に大陸からやっ

て来た渡来系(大陸系)弥生人とこれまで1万3000ねんもの長い間延々と日本に定着し続けて

来た縄文人の子孫ではないかと考えられてしました。

これらの考え方が推測の域を脱する事が出来るのも、核DNAを調べることでハッキリと分か

る訳です。

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こちらの図をご覧ください。

このグラフは、現代の東アジアの人々500人の遺伝的な特徴を2次元的に表示したものになりま

すが、渡来系弥生人のDNAはまだ解析されていない為にこれらの東アジアの人々のDNA情

報を利用し、渡来系弥生人に見立てて分析を行ったのです。

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一方で、現代の日本人の遺伝子はどうかといいますと、東アジアの人々のそれとは少し離れた

場所に表示されます。

これは何故かといいますと、おそらくですが渡来系弥生人という人たちは、大陸から渡って来

たので、中国の人々と同じようなところに遺伝子は表示されると思われますが、日本人の遺伝

子が、これら大陸系の人々から少しずれている理由としては縄文人のDNAを持ち合わせてい

るからではないかと考えられているんですね。

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実際に今回分析した縄文人のDNAをプロットしてみるとこのようにかなりかけ離れた位置に

表示されました。

という事から、縄文人のDNAが私たち日本人のDNAの中にあるために、大陸系の人々のD

NAから少し離れた場所に表示されたことが証明されたと言っていいのではないでしょうか?

結果として、私たち日本人のルーツは縄文人と渡来系弥生人の混血する事で出来上がっている

事を示していると言って良いかと思われるのです。

実際に縄文人のDNAの一万か所を調べた結果がこのような表示になったのですが、ミトコン

ドリアDNAで同じ調査をしようとすると一万人のデータを調べる事が必要だったことと同じ

意味を成すことになる訳です。

また、この一万か所のDNAと私たち日本人のDNAがどれだけ共通点があるかを調べる事で

縄文人の何パーセントを引き継いでいるかもわかってくるのです。

現状調べた結果からみますと、おおよそ20パーセント程を引き継いでいるらしいという事が分

かって来ました。

この事が、核DNAを調べてことで分かった最大の収穫と言えるのです。

ですから、残り80パーセントのDNAは、渡来系弥生人から繋がっていると思われるのです。

驚きの縄文人のルーツも分かる!

今から20万年前、アフリカで誕生し世界中に拡散していった人類。

この中に、勿論アジアに向かった集団もいたのです。

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そして、アジア人のもととなった原アジア人は、東アジア人と東南アジア人に分かれていった

と考えられています。

その中で、渡来系弥生人は東アジア人から途中で分かれて日本にやって来たと思われます。

けれども、縄文人はどのようにして日本にやって来たのかはずっと謎であったのです。

そして、これまでは骨の形態からは、東南アジア人に近いと思われていたのですが、別の

解析結果からは、北方の東アジア人に近いという説もあってどちらに起源があるのかは、論争

がずっと続いていたのです。

そして、先に紹介した斎藤教授は縄文人のデータを分析した中で、驚きの結果を得ました。

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こちらの図は、世界の人々がどのように分かれて行ったかをDNAをもとに推定した図なので、

横方向は遺伝的な距離を表しているのですが、分析の結果縄文人が枝分かれしたのは、東アジ

ア人と東南アジア人が分岐する以前にアジアの共通祖先から分岐していることが分かったので

す。

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そして、縄文人はより古い時代に日本にやってきて、全く違うもっと古い系統の子孫が独自の

道を歩んだ可能性もあると言うのです。

今では、ユーラシア大陸の何処から来たのかすら分からない様で、また振り出しに戻った雰囲

気だというのです。

縄文人のDNAは現代人には全く見られないどころか、アジア中を探しても何処にも存在しない

といいます。

そんな人々を見つけてしまったという正に不思議としか言いようのない事態になっています。

一つの解釈として斎藤教授のお話のように、古い時代に日本列島に定着した縄文人がその後

何処にも移り済まずにずっと日本列島のなかだけで生活をすることで、数千年から1万年以上

の間外部との交わりを持たなくなっことから、独自のDNAが形成されたのではないかと考えら

れてもいます。

もう一つの考え方とすると、もっと古い時代にあちこちから渡来した人々が交わる事で日本の

中だけで独自の人種としてのDNAを形成したのではないかという考え方もできるようです。

また縄文人のルーツを考える中で人類がアフリカで誕生した後、約4万年前に東アジアに人々

が入って来たと考えますと、縄文時代まではさらに2万年以上の開きがあります。

その間にユーラシア大陸の中での人の動きは非常に複雑であったと考えると、おそらくその

複雑な結果から日本にたどり着いた人々が縄文人だったと考える事も出来ます。

1万6000年前と聞いただけでも気の遠くなる時間の流れがそこにはあったわけですが、さらに

2万年以上の長い、長~い時間の経過の中で複雑に交じり合った結果と聞けば、何があっても

不思議ではなくなると思う様になりました。

縄文人はお肌の悩みがあったらしい?

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福島県の三貫地貝塚の人骨から初めて解析された縄文人の核DNAだが、この成功を受けて日本

全国の遺跡の人骨の解析が進められています。

青森県の洞窟から発掘された縄文人骨からは核DNAの8割もの配列が読み取られました。

そしてその結果、現代日本人のお肌の悩みと縄文人の体質にそれはそれは深い関係がある事が

分かって来たのです。

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化粧品会社でお肌の研究をしている本川智紀博士によりますと、12年前にある遺伝子を発見し

たのです。

mc1r

それは、16番染色体にあるMC1Rと呼ばれる領域にありました。

この場所が左右する体質が実はシミになりやすい事に大きく関係していたのでした。

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シミになりやすい遺伝子か通常型かは上記のようにMC1Rの1か所の塩基配列の違いで変わる

のです。

日本人の多くは”A”であるの対して、シミになりやすい体質の人の配列は、ここが”G”になって

いたのです。

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さらに、日本人のシミ型遺伝子を調べた本川さんは、その遺伝子を持つ人の多くが、東北・北

海道と九州地方に集中している事に気が付きました。

確かに、ガレッジセールのゴリさんやアイヌの人たちは、顔の彫りが深く体毛が長いという印

象がありますよね。

元々、「北海道と沖縄の人は遺伝的に縄文人に近いのではないか?」と言われていましたの

で、「シミと縄文人には何か関連があるのではないか?」と考えた本川さんは、縄文人のDNA

の配列を調べました。

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そして、出て来た結果は、シミ型遺伝子を表す”G”の文字だんたんです。

配列を確認した5人の縄文人全員が”G”の配列を持っていました。

つまり縄文人は、シミになりやすい体質だったと考えられるのです。

まあ、それ以前の話としてシミに対して気にかけていたのかどうかは知る術はないですが・・

核DNAの研究では、この様なことまで類推する事ができ、他にもいくつか縄文人から引き継い

だのではないかという特徴が分かってきました。

縄文人の特徴

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冒頭でもお話ししましたが、弥生人と比較して大きな違いが分かってきました。

おもしろい特徴としては、「ウィンクが出来る事」が挙げられますが、ウィンクなんて少し

練習すれば誰でもできると思われがちなのですね。

詳しくお話ししますと、顔の表情を動かしている筋肉は顔面神経なのですが、その主たる動き

が瞼の開閉と口を動かす事が挙げられますが、日本人はこの両方が分課していないためにウィ

ンクをすると同時に口まで動いてしまう人が多いようです。

そのため、うまくウインクが出来ない人もいるらしいのです。

私は、かろうじてウインクはできますが、何となく口も連動している感じですね。

また、耳垢がウェットという特徴をもともとの発祥の時にはもっていた事から、アフリカの人

もヨーロッパの人もその特徴を持っていたのですが、アジアのどこかでその遺伝子を持たない

弥生人が形成されたのではないか?

そして、それ以前に分化した縄文人は、ウェットな特徴を持ち続けていたと考えると説明がつ

きやすいようです。

この様な特徴を私たちはそれぞれが受け継いでおり、人によって受け継いだ遺伝子が少しづつ

違っているため、髪の毛や瞼、そして耳垢までもが違っているのが日本人の特徴ともいえるよ

うですね。

まとめ

日本人のルーツについてはいろんな分野で研究がされていますが、今回の核DNAを分析する事

で、新たな情報がたくさん得ることができ、「日本人はこの様に出来上がった」というシナリ

オを提示する事が出来ました。

このシナリオに他の学問の定説が合わない事もおそらくあると思われます。

例えば、そもそも渡来系弥生人はどれくらい来たのだろう?という問題があります。

人類学者は、比較的沢山来たであろうと考えており、8割が渡来系弥生人の遺伝子が入ってい

ると考えて来ました。

影響が強いという認識ですが、考古学的にみますと土器の形などを見てもそんなに沢山の人は

来なかったのではないか?と考えているようです。

日本に定着した年数から見ても、縄文人の歴史は1億3000年もあったわけですからね。

ですから、核DNAから作ったシナリオが解釈できるのか否かは、これからいろんな分野の研究

者が検証を重ねていかなければならないのではないかと考えています。

実際に5~6か所の遺跡から縄文人を調べた結果から見てもそれほど均一ではなく、生活してい

た場所によっても又時代差によっても異なる特色があるのでその中のどの遺伝子が私たちに伝

わって来たのか?をこれからの研究に期待したと思っています。(篠田謙一さん)

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