それは、2014年5月13日、未解決ミステリー研究家としてその筋では世界中に知れたオースト
リア在住のクラウド・ドナ氏の来日に事の発端があった。
彼は、オーパーツにまつわる未解決ミステリーを自らの目で実際に検分し、その所有者たちと
交流を深めて来た。
大きすぎる人の骨の発見!
今回の来日に際して彼が持参したオーパーツの超目玉品に「巨大なかかとの骨」があった!
巨大と一言で言っても桁外れにでかいのだ。
彼曰く、この骨は1964年南アメリカ西部のエクアドル、ロマ州アイマラという場所で発見
されたものだという。
「アイラマ」とは現地語で”巨人の墓”という意味だというのだ。
その年、アイラマは今までにない荒天のため、あちこちで地盤が緩み、いたるところで地肌が
露出していたらしい。
偶然とおりかかったアイラマ在住のカルロス神父という人物がそれを地面に露出している状態
で発見し、彼は一瞬で「人の骨」と感じたという。
一部が化石化していた事から相当古い骨であることは実感したのだが、なにせ現代人と比較
してもその大きさが半端なくデカいことが不思議で仕方なかったらしい。
あちこち自分に当てはめては見たものの、あまりにもデカすぎてどこの部位であるかも皆目
見当がつかなかったようだ。
どの様な経緯でその骨がドナ氏の手に渡ったのかは定かではないが、彼は多くの研究者たちに
検査を依頼した結果、大きさはさておき人のかかとの骨にきわめて近いと多くの研究者が意見
を述べたのだそう。
ある解剖学者のいう所によれば、「かかと以外の可能性も勿論考えられるが、いずれにしても
人のものである事に疑いの余地はない。 しかし、その大きさは一般的な人の部位の少なく
とも5倍の可能性がある」とのことだった。
そして、このかかとの持ち主は推定するに7.6mほどあったのではないか?との結論に達した
のだと語った。
その超巨人は集団で生活していた!?
今では、巨人(ネフィリム)と思われる骨格は全世界各地で発見されており、その巨大さは
2.5m~7m以上と様々だが、間違いなく存在していたのだ。
前項でご紹介した”かかと”の持ち主は、巨人の中でもこれまでに確認された最大級の大きさを
誇ることは間違いない。
そして、ドナ氏が推察するには、かつてエクアドルには同種の超巨人が多数存在していたので
はないかというのだ。
と言うのも、彼がこの”かかと”の骨を入手してから数々のエクアドルの歴史書を研究してきた
なかで、それ(多数の存在)をにおわすような一文を発見したことに由来する。
その歴史書とは、16世紀に書かれたもので、コンキスタドーレス(スペイン人の征服者)の
歴史家が書いたものなのだが、この様な一文だった。
「今日、エスメラルダの海岸でいくつかの頭蓋骨を発見したのだが、いずれも私たち人間の5
倍程の大きさだった。」というものだった。
当時のスペイン人の平均身長は、150cm~160cm程だったというから、少なくとも7.5m
以上はあったわけだ。
つまり、ドナ氏の所有する”かかと”の骨の推定身長にピタリと整合する事になる訳だ。
このことから、文面だけではあったがその昔、超巨人が集団で暮らしていたと考えることが
当然ではないかというのだ。
存在してはならない理由とは?
この”かかと”の骨は一部化石化しては、いるが人が直立して歩行ができる機能も確認されてい
るのだが、一体どれくらいさかのぼった年代のものなのかが、なんとも分からないという。
オーストリアにも考古学のDNA鑑定の専門家がいるのだが、正確な年代が導きだせなかった。
それは、サンプルが1万年以上さかのぼるような古いものとなると、非常に精度の高い放射性
炭素年代計測機が必要とされるが、残念ながらオーストリアにはそれはなく測定が不可能だと
いう応えだった。
しかし、測定が不可能だった理由はまさしく別にあるのではないか?とドナ氏は考えているよ
うだ。
何故なら、この骨が本当に巨大な人間の骨であったとなれば、これまで積み上げられてきた、
ダーウィンがもたらした「進化論」が根底から覆されてしまうという事にならざるを得ないか
らなのだ。
「人類最古の歴史は6000年前が定説であるため、それ以上古い発見物が存在すると全てが辻
褄が合わなくなってしまう」とドナ氏は語った。
出土された骨格は、まさに人間そのものであり、類人猿などのものではない事は明らかである
のだから、なんとも説明がつかなくなってしまうという。
世界各地の巨人(ネフィリム)の実在した痕跡
今までに世界各地で見つかった巨人の骨とみられる化石類は、ゆうに1000か所以上にのぼると
言うのだが、その中でも特筆すべき事例を見てみよう。
2012年7月19日、イラク北部の都市、キルークこ丘陵地帯から3mにもなる巨人の化石骨が一
度に4体も発見された。
当地は紛争地でもあるが、古代遺跡の多い事でも知られており、この付近からは巨大な遺跡類
も多く発掘されていたことから、巨人たちの文明が築かれていたことは容易に想像される。
また、古代遺跡で有名なインカ帝国でも同じく3mはあったとされる王と王妃の頭蓋骨が発見
されている。
頭蓋骨以外にも同時に埋葬された副葬品にも巨大な身長を物語るものが数々あったらしい。
金糸で作られた衣服は、着丈が2.4mもあり、同じく金で作られた手袋では、中指から手首ま
での長さがなんと35cmにも達するものだったようだ。
この様な化石骨はそれ以外にも、トルコ、インド、サウジアラビア、ギリシャなど世界各国に
またがり発見され、化石骨ばかりではなくミイラや手形、足形などの痕跡も発掘されている。
巨大な手形、足形、ミイラまで発見!
2013年、アメリカ、ネバダ州ラブロック洞窟で中指から手首までが45cmを超える超巨大
な手形が見つかった。
この手形から身長を推測するとおおよそ5m40cmにもなる巨大人が存在していたことになる。
さらに、この洞窟からは1911年には、身長2m40cmと3m60cmの2体の巨大ミイラまでが
発見されていたのだ!
当時は、天然の肥料として珍重されていたコウモリの糞からできた鳥糞石を採取しようとこの
洞窟を訪れていた地元の鉱夫二人が地面を1mほど掘ったあたりで自然界のものではない物を
発見した。
そして、さらに掘り進むと2体の巨大なミイラを発見したという。
これをきっかけにカリフォルニア大学やバークレー大学が調査団を結成して本格的にこのラブ
ロック洞窟の発掘調査を開始した。
結果として、様々な古代遺跡が1万点以上も発見されることとなったようだ。
その2体のミイラの保存状態は極めて良好であり、頭部には赤毛も残っていた。
この地のネイティブ・アメリカンの間には、古来より「”赤毛の巨人たち”がしばしば彼らを襲
撃した」という逸話が伝わっていたと言い、まさにこのミイラがその”赤毛の巨人たち”だった
証拠なのかもしれない。
もともとネバダ州には巨人に関する多くの発見があったようだ。
1931年ラブロック洞窟近くのハンボルト湖の湖底からも、2体の巨大骸骨が発見されており
2体とも頑丈に糊付けされた織物に包まれていて、そのうちの1体は身長が2m60cmあり、
さらにもう1体に至っては、3mを超えようかと思えるほど巨大であったらしい。
さらにさかのぼると、1877年ネバダ州ユーレカ近郊では、1mはあろうかという巨人の足の
骨が見つかっているのだ。
この骨は、発見、採掘した人により丁寧に掘り出され、医師団により実況検分がなされたのだ
が、結果は「きわめて現代人に近い」ことが確認されていると言うから間違いはないだろう。
当時検分にあたった医師団からは、その巨大さゆえの驚きと共にそれが事実であると認めざる
を得なかったらしい。
さらに続々と各地で出土した事実
この他にも北アメリカ大陸では、様々な州から巨人のものとしか言いようのない人骨やミイラ
そして手形、足形が見つかっているという記録が残っている。
例を上げると、
1.1833年 カリフォルニア州ランポック・ランチョより巨大な頭蓋骨が発見され、その推定
身長は、約3m60cmであり、すぐ近くからは彼らが使っていただろう石斧や文字らしき物が
刻まれた石板なども出土している。
すぐ沖合の島サンタ・ローザ島からも4mとも推定される巨大な人骨が発見されている。
2.1981年には、アリゾナ州で、想像を絶する大きさの墓が発掘された。
さらに中から石棺が発見され、身長3m60cmのミイラが出て来たのだ。
3.翌1982年には、テキサス州グレンローズ近郊のパラクシー河周辺で、35cm~40cmの巨大
な足跡が恐竜の足跡と共に発見された。
という事は、恐竜の生きた時代にすでに人類の祖先ともいえる巨大人類がいたのかもしれな
いのだ。
まさにミステリーそのものの謎であるわけだ。
さらにそれを補う様に、1億4500万年から6600万年前の白亜紀の地層からも恐竜の足跡を
踏みつけるようにして60cmもある超巨大な人の足跡が発見された。
また、同年にこの周辺の洞窟からは、2mを超える女性の骨格化石まで発見されたことも
あって、この流域には超巨大人類が生息していたことは、間違いないと認めざるを得ない。
人類発祥の地アフリカでも巨人が出土
さらに、人類発祥の地として知られるアフリカ大陸でも多くの巨大人の痕跡が残っている。
南アフリカとスワジランドの国境近辺から、驚くことに全長なんと120cmの桁違いの足跡
が発見されているのだ!
この足跡から推測した身長は、少なくとも7m50cm前後はゆうにあろうと言うものだった。
冒頭のクラウド・ドナ氏の”かかとの骨”の人物とも勝るとも劣らない大きさである。
そしてさらに驚くべきことに、この足跡の岩は花崗岩であり、少なくとも2億年は経過して
いるはずであり、もしくは30億年も前ではないか?とも推測されている。
人類の祖先の誕生でさえ700万年前というのだから、さらにさかのぼること2億年以上まえに
人類に似た巨大人類が存在していた事になるのだ。
もしくはそれ以上昔という事も考えられるわけだ。
さすがにアフリカであり、私たちの想像をはるかに越えた事実をいとも簡単に突きつけられた
感じだ。
さらに他にも、アフリカ西南部、北ナミビアの鉱山からも巨大人のものと思しき大腿骨が発見
されている。
鉱山労働者が発見したこの大腿骨から推定すると、この巨大人の推定身長は、3m50cmほどだ
との事だが、すでに大きさには完全にマヒしており、この程度ではあまり驚かなくなってしま
ったようだ。
オーストラリア大陸でも同様に・・・
さらに希少生物の宝庫でもあるオーストラリア大陸でも同様に巨大人の痕跡が確認された。
1994年9月、シドニーせいぶのカナングラ・ボイド国立公園内の川の浅瀬から、全長52cm
・幅36cmの巨大な足跡が発見された。
アフリカのものに比べれば半分以下と言う事だが、まともな人間が聞いたら驚愕の声すら発
してしまうほどの発見である事はいうまでもない。
地質学者によると、この辺が火山灰に覆われたのは、200万年前というから、最古の人類の
アウストラロピテクスの出現するさらに100万年も前には、オーストラリアに巨大人類が生存
していた事を意味するのだ。
これらの棲息年代を考えると、2億年以上昔から数千年前までの気の遠くなるほど長きに渡り
地球上に棲息していたと考えられる。
超巨石オーパーツが裏付けるものとは?
この様に世界中に巨大人類が棲息していることで、説明がつく遺跡や巨石類がある。
上記の画像を見て頂きたい。
これは、レバノンの「バールベックに打ち捨てられた巨石」だが、ピラミッドなどと同様に、
古代人がどのように理由で、どの様に切り出し、そしてどの様にここまで運搬したのか?
現代の重機類を駆使したとしても、相当大変な事は容易に想像できるわけだが古代人に果たし
てどれだけの知識と技術があったとしてもこれだけ正確な形に切り出すことから考えても途方
もない年数を要するはずだ。
しかも一つ二つではないのだから。
しかし、巨大人の存在を仮定すれば、その大きさも何もかも可能性が大きく感じられはしない
だろうか?
そして、これらの巨大石を切り出したのではないか?・・と思しき痕跡もあちこちで見つかっ
ている。
巨大石を切りだる巨大なハンマー?
イギリス、北ウェールズ沿岸部のランディドノーには、グレート・オームと呼ばれる古代の
銅鉱(3500年ほど前の)があり、そこから2500個にも及ぶ巨大なハンマーが発見された。
銅鉱の奥行は数十キロにも及ぶと考えられているが、調査がされたのはわずか数キロに過ぎな
いようだ。
しかし、内部は9つの層に分かれており推定で1700トンにも及ぶ大量の銅が採掘されたと考え
られている。
これだけの大量の銅を掘り起こすことは、古代人には気の遠くなる大事業であったはず。
現代社会で使われている典型的なハンマーは、重さが4.5キロ~9キロあるスレッジハンマーが
最も重く長時間の作業は慣れている人でも難しい。
しかし、この洞窟でははるかに上回る29キロ級のハンマーが見つかっているのだ。
そして、このハンマーには、最低でも2.7m以上の柄が必要であり、仮にそのハンマーが存在
しても並みの人間には到底不可能な大きさと重さなのである。
こう考えると、この巨大ハンマーを駆使できるには、少なくとも身長が6m以上の巨人でなけ
れば、使用も難しい事になってしまうのだ。
他にもオーストラリアも重さが9キロもある石製のナイフや包丁、11キロにもなる手斧、16
キロのこん棒などが発見されているのだ。
この様な巨大な道具を使うとなれば、私たち現代人の数倍の身長から体格を有する巨大人の
存在しかあてはまらない事は明白ではないだろうか?・・・・
まだまだ、書き足らない事実があるのだがそれはまたの機会に譲る事にする。
大変長きに渡りお読み頂き感謝に耐えません。
ありがとうございました。
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